中国と欧州をつなぐ量子通信実験の詳細とは?

2018/10/23 ーーー 中国の都市間を結ぶ実験から、中国と欧州をつなぐ大陸間での実験へと、量子通信衛星 Micius の応用範囲は拡大していきます。2017年9月に中国は、オーストリアの研究者たちのチームと協力し、量子暗号をベースとした大陸間ビデオ・カンファレンスを成功させました。それは、いわゆる西側に属する国による、中国量子テクノロジーへのリスペクトを示すものです。

この実験を契機に、欧米のメディアによる報道が再開され、また、2018年には中国サイドからの情報提供も盛んに行われるようになりました。以下に紹介する Wired 2018年1月の記事は、Chinese Academy of Sciences (CAS) から提供された情報と、オーストリアの科学者たちから提供された情報をベースに、Wired が執筆/掲載したものであり、実験の様子が克明に描かれています。

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いつもの電話会議のように見えた。テーブルにはパネリストたちが並び、白くて大きな名前タグと飲水が置かれていた。蛍光灯で照らされた中央の男が、カメラに向かって言った。

昨年9月のことだが、Chinese Academy of Sciences の President である Chunli Bai は、「この歴史的な瞬間を、皆さんと共有する特権に感動する」と述べた。彼を映す画像は、4,500マイルの距離と6時間の時差を超えて、Austrian Academy of Sciences in Vienna のパネリストたちに、ライブストリーミングで配信された。

オーストリアの科学者も礼儀正しく、Bai たちに応えていた。見た目には、普通のマイクや、カメラや、スクリーンが並ぶ、おそらく退屈なミーティングであった。 しかし、その舞台裏で物理学者たちは、確実に存在する最も安全なテクノロジーを用いて、ビデオ・ストリームを暗号化していた。つまり、Bai たちは、量子暗号テクノロジーで接続された、初めての大陸間ビデオ会議に参加していたのだ。

この電話会議を運営した中国とオーストリアの研究者たちは、そこで用いられた方式について Physical Review Letters に発表した。University of Science and Technology of China の物理学者である、Jian-Wei Pan が率いるチームは、光ファイバー・ネットワークと、一握りの暗号アルゴリズム、そして 2016 年に中国が立ち上げた 1億ドルの衛星を活用した。この衛星には、量子暗号に特化したデザインが施されている。MagiQ Technologies のチーフ・サイエンティストである Caleb Christensen は、「少数のユーザーを量子暗号システムで接続する、完全なインフラストラクチャが実証され、すべてのリンクが接続されていた。これまで、量子暗号を用いて、それを行った者はいない」と述べている。

Pan のチームに長年に渡り在籍する University of Science and Technology of China の物理学者である Chao-Yang Lu は、この遠隔会議を邪魔するものは何もなかったと述べている。そして、「私たちには克服できていないものだったが、実現できると確信していた」と、中国語で発言していた。今回の遠隔会議の数ヶ月前から、衛星と地上局の間で、絶えることなく量子信号が送信されていた。つまり、この接続における最も厄介な部分だったのだ。

2つのグループの会話は75分間におよんだ。量子暗号による接続は、それ以上の時間にも耐えうるほど堅牢だったが、電話会議には「75分で十分」だと Lu は述べていた。

その名前が示すように、量子暗号テクノロジーでは情報を保護するために、光子や原子といった物質単位の量子プロパティが活用される。今回の電話会議では、光子の向きを示す偏光として知られる、光子の量子プロパティを、物理学者たちは使用した。そして、彼らは、1 と 0 を表すために、光子に 2 つの異なる偏光を割り当てた。この方式により、光のビームは、デジタル・メッセージを発信する暗号鍵となる。

1980年代に、物理学者たちが初めて想定した方式で、今回のシステムが実装されているなら、量子暗号は破られないだろう。このプロトコルは少し複雑だが、その基本に含まれるのは、送信者が受信者に光子を送信することで鍵を形成し、双方が公開鍵として共有することだ。もし、誰かが傍受しようとする場合には、量子力学の規則により設定された特定の統計的方法が機能し、受信者の鍵と送信者の鍵が一致しなくなる。つまり送信者は、鍵が侵害されたことを直ちに知り得ることになる。

物理学者たちは、量子コンピュータが理想的な形で機能するためには、量子暗号が重要なツールになると捉えている。これからの数十年に渡って、量子コンピュータは活用され、現時点で最高の暗号アルゴリズムであっても、容易に破壊される時代に突入する。反対に、いまのコンピュータでは、適切に量子暗号化されたメッセージを分解することができない。

適切な暗号化が、重要になっていく。物理学者たちが、具体的な量子ネットワークを構築し始めた時点では、完璧な量子暗号のビジョンが達成できなかった。地上の自由空間や、光ファイバー、リレー局を介して、数千キロも離れた世界の各地に、偏光を損なうことなく光子を送ることは、技術的にきわめて困難である。量子信号は、約100マイルの光ファイバーで伝送しただけで消滅し、信号を増幅する方法は未知である。また、今日の最高の量子記憶に依存するなら、鍵としての情報が消える前の数分間の保存が可能なだけだ。

そのため、Pan のグループは、量子信号を伝播させるために、従来のテレコム・テクノロジーを組み込む必要があった。ネットワーク上のいくつかのポイントで、量子情報(変更感度情報)を古典的な情報(電圧と電流)に変換し、その後に量子に戻すことが必要だった。それが理想的ではないのは、量子鍵の絶対的な安全性が、量子論に依存しているからである。鍵が古典的な情報に変換されるたびに、一般的なハッキング・ルールが適用される。

彼らのネットワークでは、古典的な方式への変換が、衛星と地上局で行われていた。ただし、衛星や地上局に誰かが侵入しない限り、暗号化された情報は依然として絶対的に安全である。そして Pan のチームは、今回のデモンストレーションのために、電話会議の約1ヶ月前から衛星に量子鍵を配布していた。つまり、誰かが鍵をドライブからコピーし、古典的な情報として保存していた可能性も否定できない。

しかし、オリジナルのビジョンが反映できないにしても、初めての量子ネットワークを機能させたことは偉大である。Christensen が指摘するのは、ネットワーク上のいくつかの古典的なセクションを除いて、量子ネットワークはテクノロジー自身によりセキュリティを保証するはずだという点である。

この 10年間において、米国/中国/スイスを含む国々の、政府機関や銀行が量子暗号プロダクツを確かめてきたが、このテクノロジーは当面の間はニッチなものになると、Christensen は考えている。つまり、このテクノロジーは新しいものであり、また、コストとメリットのバランスも明確になっていない。

これらのデモンストレーションにより、主力産業における量子暗号の普及が促進されるだろう。量子インフラや、光ファイバーの敷設、衛星の打ち上げに、中国政府が多額の投資を行うことで、産業界に道が開かれる可能性がある。Industrial and Commercial Bank of China や Bank of Communications といった中国の銀行が、それらを試し始めている。このテクノロジーは、量子による防御として本質的に機能し、デジタル・キャッシュの伝搬経路を保護する。

「数多くの銀行が、使い物になるのかと自問しているだろう。しかし、明確な答えが得られるのであれば、コストがかかるにしても、多くの人々が価値を認めるようになるだろう」と Christensen は言う。

Pan のグループは、これからの 3年〜5年の間で、さらに多くの衛星を打ち上げる計画だという。現在の低軌道衛星の拡充に加えて、高軌道衛星を打ち上げることで、より遠く離れた国々を接続できるようなる。彼らは、イタリア/ドイツ/ロシア/シンガポールとの共同作業にも取り組んでいる。私たちが望んでいるのは、世界に広がる、きわめて機密性の高い、長時間の電話会議の実現である。

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この実験は 2017年9月に行われ、中国の量子通信テクノロジーの優秀さを示すものとして、各国のメディアを賑わしていました。前回の中国が実現した量子衛星通信と新たな暗号化システムというポストは、あくまでも中国国内での成果を報告するだけであり、その信憑性に疑義も生じていました。しかし、オーストリアという国家の、しかるべき機関と連携した新たな実験により、このテクノロジーが間違いないものだと認識されるようになりました。

慌てたのは米国であり、その後の様子を見ていると、2018年9月に Committee on Science for the National Science and Technology Council から、National Strategic Overview for Quantum Information Science というドキュメントが提供され、ナショナル・セキュリティと量子コンピューティングの関係が、大きくクローズアップされる状況になっています。

また、この秋は、米中間での貿易摩擦が注目を集めていますが、その背景には量子コンピューティングを巡る駆け引きがあると論じる記事もありました。中国政府が国家予算を用いて研究した成果が、民間の企業に提供される展開に対して、米政府が批判を強めているというものですが、本文にある銀行系に加えて、いまの中国には Alibaba/Tencent/Baidu といったメジャー・クラウド企業が存在していることも忘れてはなりません。

中国がリードしたまま終わろうとしている 2018年ですが、米国が巻き返す 2019年になるのかどうか、その辺りがとても気になります。